INTERVIEW

 

History of Ichika Nito

 

1.ソリストに憧れたギター少年

ビル・エヴァンス「Waltz for Debby」から受け取った音楽の根源的な力

 

革新的な奏法で国境を超えて支持を集める日本発のギタリスト・Ichika Nito。祖父が彫刻家、祖母がピアノの先生、父がバンドマンと芸術家肌の家庭で育ち、妹は現在プロのバレエダンサー。Ichikaが初めて触れた楽器は家にあったピアノで、ビル・エヴァンスが姪のデビイに捧げたジャズスタンダード「Waltz for Debby」が音楽の原体験だと語る。

 

Ichika祖母の影響で3歳からピアノを始めて、最初に衝撃を受けたのが「Waltz for Debby」でした。大人になるとそれまでの経験と聴いた音楽が関連付けられて、感情が想起されることがあると思うんですけど、まだ人生経験がほぼない頃に「Waltz for Debby」を聴いて、「悲しい」という感情が生まれたんです。

純粋なメロディーや音色の力だけで「悲しい」と感じるのは、今思うとすごい体験だったと思う。音楽の持つ根源的な力に感銘を受けて、自分もこんなことができるようになりたいと思いました。そのときに一人で演奏して完結する音楽、ソリストへの憧れが芽生えて、それから今に至るまで、自分だけが責任を負って作れる一人だけの世界にずっと執着を持っています。

 

ソリストへの憧れを持ち続けたまま、Ichikaは徐々にプレイヤーの母数が多いピアノではなく、弦楽器に可能性を見出していく。中学生になり、まず最初に手にしたのはベース。2018年にソロギターによる『she waits petiently』と、ソロベースによる『he never fades』の2作を同時リリースしているように、Ichikaはベースの腕前も確かなものだが、「一人で完結する音楽」を追求するためにはギターが最良のパートナーとなった。

 

Ichika小さい頃はピアノの音楽ばかり聴いてたんですけど、父が大量のHR/HMCDを持っていて、たまたま聴いたアイアン・メイデンがとにかく衝撃的で。「これを弾いてみたい」と思ったときに、父の部屋にギターとベースがあったんですけど、初めて触ったのはベースでした。ギターよりも弦が少ないから、簡単にできるかなと思って。それでアイアン・メイデン初期のアルバムから、スティーヴ・ハリスのベースラインを全曲コピーしてました。今もそうなんですけど、一回始めたらトコトンやりたくなるタイプで、そのときは「ベーシストとして有名になってやる」と思ってましたね。 

でもやっぱり「一人で完結する音楽」への憧れがあったから、コードやメロディーを同時に鳴らせるギターをやってみようと思って。最初はベースと同じように古典的なHR/HMのコピーから入って、だんだんテクニックが身についてきたら、より複雑なメタルを聴くようになり、ベール・オブ・マヤとかペリフェリーにもすごく影響を受けました。

 

ギター1本でピアノソロのような曲を作るためには?

 

ハードロックやヘヴィメタルに憧れたのであれば、次は同級生とバンドを結成となりそうだが、音楽の原体験がビル・エヴァンスのピアノだった少年は、家で一人黙々とギターを練習し続けた。その行動原理はIchikaの人間的な資質とも関連している。

 

Ichika当時から集団行動が苦手で、何をするにしても一人が好きでしたね。本を読むとか、ゲームするとか、レゴブロックを作るとか。音楽もその一環でした。そのせいか、学生時代はなかなか友達ができなかったし、嫌な思い出も結構多くて。中3のときにクラスの中心のイケメンに「ギター弾けるんだったら、修学旅行で一緒にバンドやらない?」って誘われたんです。彼もギターを弾いていて、おそらく目論見としては、「俺のことをいい感じに引き立ててくれ」みたいな感じだったと思う。

でも一回セッションをしたら、僕が彼の想像を超えて上手だったからか、ハブられて、修学旅行では別のやつとバンドをやってて。そいつらがチヤホヤされるのを見ながら、「バンドなんて嫌だ」と思って、それも一人で音楽をやろうと思ったきっかけだったかもしれない。まあ、ゴリゴリの陰キャだったんですよね。それは今もそうですけど(笑)。

 

美しい響きを持ったクリーントーンの音色をメインに、両手を駆使しながら超絶技巧でファンタジックな楽曲を紡いでいくIchikaのプレイ。音と音の繋ぎ目をなくすために、フレーズの接着剤としてタッピングを用い、左手でベースとコード、右手でメロディーを弾くその独創的なスタイルは、ピアノが大きなインスピレーション源になっている。

 

Ichikaプログレメタルをコピーする中で、アニマルズ・アズ・リーダーズの「CAFO」を聴いたときに、「エレキギターでここまでしていいんだ」という可能性を感じて、ヴァン・ヘイレンのタッピングとか、いろいろ駆使しながら弾くようになって。最初はディストーションをかけてたんですけど、歪んだ状態だと音の響きが美しくないし、楽曲としての精度が高くならなかったから、歪みの成分をどんどん落として、途中からはアンプを通さずに、プラグインエフェクトを使ってDIの音を加工したり、いろいろ模索をして、今のクリーンスタイルの原型ができていきました。

「独自の奏法を開発してやろう」という気持ちではなかったですけど、ギター1本でピアノソロのような曲を作るために、メロディー、ハーモニー、リズムを全部担おうと思うと、どうしても普通の弾き方じゃ無理だったんです。ギターの構造もピアノの構造も、自分から見て左側が低音で、右側が高音なのは共通してる。ギターは一般的に低音も高音も左手を使うけど、高音は右手を使ったほうが人間の体の作りとしても自然じゃないですか。両手の使い方を考えるにあたっては、やはりピアノをやっていた影響が大きかったですね。

 

 

2.物語としての音楽、ファンタジーへの信頼

 

「物語に没頭する」という行為が一番好き

 

Ichikaは楽曲を作る際、まず物語を作り、それを音で書き換え、音楽を通して聴き手にその物語を追体験させることで、より複雑な感情に誘導することを目指してきた。この発想はIchika自身が物語の、ファンタジーの大ファンであることと関係している。

 

Ichika子供の頃から今に至るまで、「物語」が一番好きなんです。小説でも漫画でもゲームでもいいですけど、「物語に没頭する」という行為が一番好きなんですよね。ヨーロッパの児童ファンタジー作家の作品を特に好んで読んでいて、「ハリー・ポッター」も「バーティミアス」も好きだし、オーエン・コルファーのシリーズも好き。「より没入できるものは何だろう?」となったときに、世界観はもちろん、思想がないとキャラクターに共感できないし、感情も自分事のように感じることができないじゃないですか。

僕がよく読んでいたヨーロッパの作家の作品は、キャラクターの掘り下げだったり、思想が深くて。「ハリー・ポッター」の登場人物にしても、日本の作品の主人公と比べて、嫌なところがすごく描かれてるんですよね。嘘のない、人間らしい描写があるからよりリアルに感じられるし、今暮らしている世界とは全く別の世界でも、そのまま入り込むことができた。それがファンタジーを好んでいた理由です。

 

物語への愛情はヨーロッパの作家だけでなく、敬愛する日本人の音楽家によって醸成されたものでもある。「戦場のメリークリスマス」をはじめ、数多くの映画音楽を手掛けた坂本龍一と、同じく映画音楽を多数手がけ、ジブリ作品でもよく知られる久石譲。世界的に有名な二人の作品を通じて、自らの作る音楽の方向性も定まっていった。

 

Ichika坂本龍一は「energy flow」をピアノでひたすら練習してたんですけど、彼の曲は構成や展開が独特で、変化に富んでいて、情緒豊かだし、物語として機能してると感じていて。それは久石譲の曲も同じですね。僕が一番好きな行為が物語に没入することで、音楽を聴くこともその行為にリンクすると思った。そこから自分の音楽にも物語性を持たせることを意識するようになって、その意味でこの二人から特に影響を受けてます。

二人とも映像作品にひも付いた曲が多いのが共通点ですけど、曲単体でも自分で物語を勝手に想像して、その世界に入っていける。そういった力を持っている音楽だと子供ながらに感じて、それはビル・エヴァンスに対してもそうだったと思います。

 

 

音楽は現代の魔法になりうる

 

Ichikaは常々「魂の琴線に触れるような音楽を作って、演奏したい」と語っている。それは国内外の作家や音楽家が生み出す物語に触れ、人間の心情や思想を深く掘り下げる表現に彼自身が感動し、その力を強く信じているからこその発言だ。「音楽は現代の魔法」。Ichikaはそんな言葉を口にすることも厭わない。

 

Ichika「マーリン」っていうファンタジー小説のシリーズでは、主人公が竪琴を演奏して、音楽の力が魔法的な描写で描かれてるんです。それはあくまで作り話だとしても、「音楽は現代の魔法になりうるものなんじゃないか」みたいなことは思うんですよね。

Waltz for Debby」に感動したのもそういう力があったからだと思うし、魔法になりうる音楽の力を自分も使えるようになりたい。音は宇宙の星のように、空間の至るところに無造作に配置されているから、それを自分で見つけ出して、演奏することができれば、それは素晴らしいことだと思うんです。すでに存在しているものの中から、目には見えない音をどうやって見つけることができるか、みたいなことはすごく考えます。

 

魔法的な力を信じる空想家でありながら、大学時代はウイルスの研究に没頭するなど、理系の研究家タイプでもあるIchika。空想や妄想をそこで終わらせることなく、それを実際に実現するためにはどうすればいいかをひたすらに研究し、具現化していく意志の強さがある。あの魔法のようなギタープレイも、そうやって生み出されたのだろう。

 

Ichika想像してるだけだと何も叶うことはないと思っていて。僕は中学校の3年間は柔道部で、その前も空手をしてたから、わりと体育会系の、根性論的な部分もその頃に形成されてるんです。だから、空想家で、理論派で、プラス根性論も染み付いてて、すごくめんどくさいことになってるなと思うんですけど(笑)。自分が欲しいと思う完璧な未来を掴むためにはどうすればいいか。それをまずは理論的に考えるし、理論じゃ足りない部分は空想の力で補いながら、ここまでやってきたように思います。

 

3. SNSでバズを生み、ウイルス研究から音楽家の道へ

 

Ichika Nito」が世界に発見されるまで

Ichika Nitoはなぜ世界的なギタリストになることができたのか。それはSNSの存在を抜きには語れない。InstagramTwitterに最初に動画を投稿したのはIchikaがまだ大学生だった2016年。テキサス出身のバンドで、YouTubeの動画で人気に火がつき、2010年代のギターインストを牽引したポリフィアへの憧れがその第一歩となった。

 

Ichikaもともとは普通のリア垢で、身内に向けて投稿してたんですけど、ちょうどポリフィアが動画を投稿し始めて、それを見てるうちに憧れが生まれて。だから最初はポリフィアの、ジェイソン・リチャードソンをフィーチャーした「Aviator」のめちゃめちゃ難しいソロをベースで完コピした動画を上げました。それをポリフィアのアカウントがリポストしてくれて、ちょっとずつ音楽ファンが流れ込んできたので、じゃあオリジナルも上げてみようと。

最初はベースでオリジナルのリフを作って投稿したんですけど、思ってた以上に反響があったんです。そこから週一ぐらいのペースで投稿していたら、「Pickup Jazz」っていうInstagramの有名なアカウントがリポストしてくれたり、徐々にフォロワーが増えてきたときに、映画『ルーム』の主演女優だったブリー・ラーソンがリポストしてくれたのをきっかけに、ギター好き以外の層にもだんだんと届き始めて。それでいつのまにかゼッドとかがフォローしてくる流れになっていきました。

 

ポリフィアのメンバーであるティモシー・ヘンソンやスコット・ルペイジ、アニマルズ・アズ・リーダーズのトーシン・アバシ、ジェイソン・リチャードソン、ジョン5といったシーンを牽引するギタリストはもちろん、EDM界のスターであるゼッドやマーティン・ギャリックス、あるいはスナーキー・パピーやジャック・ブラックと、ジャンルを問わない世界のトップアーティストたちがSNSIchikaの動画を発見し、アカウントをフォロー。日本ではindigo la End/ゲスの極み乙女で活動していた川谷絵音がいち早く目をつけ、インストバンド・ichikoroが結成された。こうして世界的に注目される存在となったIchikaは、大学院の入学式の翌日に、退学届を事務局に提出している。

 

Ichika大学では遺伝子を改変して、特定のがん細胞を殺すことを目的としたウイルスを作る研究をしていました。そういう分野に興味を持ったのもファンタジーの影響が大きくて、不老不死への憧れがあったんですよね。もともとは農学部の応用動物科で、脳について学んでたんです。人間の脳のキャパシティについて、より専門的に知ることによって、それが不老不死の手がかりの一端になればいいなと。そこから別の大学の医学部のウイルス科に転入して、ずっと研究をしてたんですけど、大学院に進む直前ぐらいに、初めてのEPforn』をリリースしたんです。

SNSの動画がそこそこ見られるようになったし、そろそろ自分のまとまった作品を聴いてもらいたいと思って出したら、それが思ったより売れて。当時RADWIMPSとかと並んで、日本の iTunes の総合ランキングでトップ10に入ったんです。歌もない、ギター1本のインストがここまで聴かれるんだって、すごくびっくりして。当時は研究ばかりでバイト代も月3万円くらいだったんですけど、普通の大学生にとってはびっくりするお金が入ってきたから、これは大学院に行って学ぶより、音楽をやった方がいいんじゃないかと思ったんです。


 

代表曲「i miss you」の誕生秘話

2018年にはYouTubeチャンネルを開設して、動画の投稿を始めると、こちらもフォロワー数がグングンと伸び、コメント欄は日本語よりも海外のファンからの賞賛で埋め尽くされることになった。動画内でIchikaは基本的には顔を出さず、喋らず、ギター本体と手元のみが映し出されている。このスタイルにも彼の明確な意図が込められていた。

 

Ichika最初はInstagramに投稿してた動画をそのまま転載してただけなんです。それがちょっとバズり出して、その中でも169の画角の中でギターだけが綺麗に収まってる構図が伸びてたので、じゃあこのスタイルをメインにやっていこうかなって、データドリブンな感じで決めました。社会経験はなかったけど、大学の研究でPDCAをゴリゴリ回していくことを嫌というほどやらされてたんです(笑)。

そもそも顔を出したり喋ったりしなかったのは、自分の音楽だけをピュアに聴いてほしいから。今もまだあるんですけど、当時はアジア人だからっていう理由でヘイトが来てたこともあって。「アジア人か、じゃあ聴くのやめよう」みたいなバイアスがかかることがすごく嫌だったので、どんな人が弾いてるかわからないようにして、ギターから出る音だけで勝負したい気持ちがあったんです。今はIchika Nitoという存在がある程度知られたから、ヘイトも減ってきてはいるんですけど、何者でもなかった当時はかなり多かったですね。

 

2019年にリリースされた「i miss you」はYouTubeでの30秒の動画が1200万回、Spotifyでのフル尺が1800万回再生(どちらも20261月現在)と、Ichikaの代表曲になっている。クリーントーンで紡がれる物悲しくも美しい旋律が印象的な曲だが、ワールドツアーを経験し、世界中で演奏した結果、現在はこの曲のメロディーをオーディエンス全員で合唱することがライブでの定番になっている。

 

Ichikaichikoroのレコーディングがあって、ちゃんMARIさんが弾いた鍵盤を聴きながら生まれたフレーズを、ギターソロに作り変えたのが「i miss you」なんです。タイトルはその曲のイメージからつけることが多くて、「この曲を聴くとどういう感情になるだろう?」と思ったときに、寂しさとか、誰かに会いたい気持ちが強いなと思って、このタイトルになりました。幼少期から一人を好んではいたけど、無意識にヘルプを求めている部分があったのかもしれないです。 

ライブでシンガロングしてくれる曲になるとは全く思ってなかったですけど、結果的にアンセムみたいな感じになりましたね。2023年にアイバニーズの企画で台湾に行ったときに、すごく陽気な MC の方がいて、僕が「i miss you」を弾き始めたら、横でめっちゃ歌うんですよ(笑)。それに釣られてお客さんも合唱し始めて、「何これ?面白いやん」と思って、その公演の後からみんなで歌うことを始めました。お客さんもアーティストに似るから、陽キャというより陰キャの人が、オタクっぽい男の人が多かったりして。そういうみんなの「i miss you」っていう感情が一つになって、大合唱になるのはすごく美しいなと思います。

 

4. 日本人初のシグネチャーモデルが誕生、アイバニーズが繋いだ世界との絆

 

世界的なギターブランド「アイバニーズ」のファミリーに

SNSでギター動画が話題になり始めて間もなく、Ichikaのもとには世界的なギターブランドであるアイバニーズからコンタクトがあり、2017年にエンドース契約を締結。スティーヴ・ヴァイ、ポール・ギルバート、ジョー・サトリアーニ、ポール・スタンレーといったHR/HMの大物から、ポリフィアのティム、コヴェットのイヴェット・ヤングといった新世代も愛用するアイバニーズのファミリーに、日本の青年が加わった。

 

Ichikaforn』を出したあとすぐ、2017年の頭にアイバニーズの人から「ジョー・サトリアーニのライブで今大阪に来てるんだけど、一回お茶しませんか?」みたいな連絡があって、そこで契約の話をしました。今思うとすごい青田買いというか、よくあの段階で契約してくれたなと思うんですけど、何か可能性を感じ取ってくれたんでしょうね。 

2018年にはポリフィアの大阪のライブに誘われて、終演後に初めてメンバーと直接会いました。そのときコヴェットとの2マンで、みんなで写真を撮ったりして。東京では僕もオープニングで出て、その日がティムのバースデーだったから、ベースのクレイ・ゴバーに担ぎ上げられて、ステージでバースデーソングを歌いました(笑)。

 

エンドース契約から4年後に発表された日本人初のシグネチャーモデル・ICHI10(イチテン)は現在に至るまでロングセラーを続けている。2023年には自身の原点という意味を込めてICHI00(イチゼロ)と名付けられた2本目のモデルも作られているのは、アイバニーズのIchikaに対する信頼の表れだと言っていいだろう。

IchikaICHI10はいまだにすごく売れてるらしくて、なんならもうIchika Nitoは知らないけど、ギターがいいから買ってる人が半分以上で、「プロダクトとしてすごくいいものができた」ということをアイバニーズの人から聞きました。ICHI10Qラインっていうヘッドレスのシリーズがローンチする際のシグネチャーモデルみたいな位置づけだったので、ヘッドレスでやることは必然的に決まっていて、僕はそこで絶対スリーシングル(ピックアップ)にしたいっていうこだわりがあったんです。ヘッドレスのスリーシングルはあんまりないので、そこでニーズも生まれたのかなって。

 

Ichikaに影響を受けた世代・マーシンとの邂逅

 

アイバニーズのアコースティックギターを使い、フラメンコ譲りの独特なフィンガーピッキングで現代のギターシーンをリードする新たな才能が、ポーランド出身のマーシン。現在25歳のマーシンはIchikaをはじめとする2010年代後半のシーンに憧れてきた世代であり、2人は2023年にビル・ウィザーズ「Just The Two Of Us」のカバーを連名でリリース。マーシンの来日公演にもIchikaがゲスト出演するなど、交流を深めている。 

 

Ichikaマーシンは彼が動画を投稿し始めた頃から認知はしてたんですけど、アイバニーズの紹介で知り合いました。「Ichikaから影響を受けて、今のスタイルになった」と言ってくれて、それはすごく嬉しいです。「Just The Two Of Us」もアイバニーズの企画ですね。その前にもマーシンが「一緒に動画を作りたい」と言ってくれて、「Acoustic VS Electric Guitar」という動画をオンラインで撮って、それも結構再生数が伸びたんです。

当時は「影響を受けた」と言うけど使うギターもプレースタイルも結構違うから、「自分は自分だし」くらいの気持ちだったんですけど、今マーシンはNBAのハーフタイムショーで弾いたり、ウィル・スミスとコラボしたり、いつの間にか自分よりも先を行っていて。悔しい気持ちもあるし、自分ももっとやらなきゃなと思います。


20261月に発表されるIchikaのファーストアルバム『The Moon`s Elbow』には、イヴェット・ヤング、マーシン、こちらも「Ichikaに影響を受けた」と語るドイツ出身のマニュエル・ガードナー・フェルナンデスと、世界のトップギタリストが集結。ギターミュージックの新たな時代の到来を告げる作品になるはずだ。

 

Ichikaコロナ禍はもちろん大変な時期でもあったけど、自分にとってはボーナスステージだったと思っていて。世界中の人たちが家にこもって、みんなが動画を見て、楽器に没頭する人もすごく増えたし、動画の投稿数も増えた。しかもそのタイミングでネオソウルやファンクが流行って、ギタリストがすごく盛り上がったんです。

でもそれがちょっと一段落して、今は特定のジャンルの盛り上がりもそんなにない。 5年前はどんどん新しいアーティストが出てきてたと思うんですけど、最近は新しい人があんまりいないから、アイバニーズもエンドースを取らないというか、取れないらしくて。ギタリストのコミュニティとしてはちょっと落ち着いてしまってる時期だと思うので、ここから自分がもう一度盛り上げたいです。

 

5. 日本、アメリカ、東南アジア。リアルとネットで各国を飛び回る日々

 

海外トップアーティストとの仕事と、日本でのギャップ

アイバニーズとのエンドース契約の2年後、2019年にはIchikaが世界で活躍する上でもう一つの重要な出会いがあった。ロサンゼルスのワーナーグループでA&Rをしているアレックス・ソイファーからのDMをきっかけに、シンガーソングライター、ラッパー、R&Bシンガー、DJなど、ジャンルを問わない世界のトップアーティストたちとの仕事を経験することになったのだ。

 

Ichika「楽曲に使うギターサンプルを求めていて、僕は君のギターがすごく好きなんだ」みたいなDMが突然来たんです。そこに名前が書いてあったのが、アレック・ベンジャミン、コダック・ブラック、カーディ・B、ケラーニ、デヴィッド・ゲッタとかで、ビッグネームばかりだし、「ホントかよ?」と思いつつ、自分のサンプルのライブラリを送ったら、アレックスがプロデューサーたちにそれを投げてくれて。向こうはプロデューサーにいろんな曲を作らせて、シンガーやラッパーたちがその中から選んだものを仕上げていくスタイルになっていて、そこで自分のフレーズも使われるようになったんです。

ラッパーのキルステーションの曲に参加したときに、プロデューサーがXXXテンタシオンのラストアルバムを手がけたジョン・カニンガムで、彼とはそれ以降も連絡を取り合ってます。MGK(マシン・ガン・ケリー)の『mainstream sellout』に収録された「more than life」にはトラヴィス・バーカーと一緒にプロデューサーとして参加することができて、それは自分にとって大きかったですね。

 

2022年にリリースされた『mainstream sellout』はグラミー賞のベストロックアルバムにノミネートされ、日本人アーティストとして間違いなく快挙だったと言える。しかし、日本国内での活動に関しては、当時はまだ模索の時期だった。

 

Ichika目線がずっと海外の方に向いていたので、日本ではまだまだこれからだなと思ってます。日本人向けのコミュニティでも一過性のバズは生まれるんですよ。例えば、デズモンド・ロバートっていうシンガーがいて、彼が僕のギター動画に歌を乗っけて投稿すると、10万いいねとか、結構バズるんです。でもそれでアーティストのファンになってくれるかというと難しくて、あくまで単発のものなんですよね。

これまでは「アジア人」というバイアスを取っ払って、音楽だけを聴いてほしいから、顔を出さない演奏動画を投稿していたけど、それだとキャラクター性が出ないから、海外だとワークしても、日本だと逆効果だったりする。日本でのやり方はもっと考えないとなって。 

 

日本では2019年にアニソンのカバーイベントで知り合ったたなか、ササノマリイとともにDiosを結成。これまでに3枚のアルバムを発表し、全国ツアーや大型フェスへの出演などによって、J-POPのフィールドでも存在感を発揮している。

 

Ichika三人だと一人では届かないところに届くのが楽しいです。一人だけだと狙ったところにはちゃんと響くんですけど、自分の意思でコントロールできない人間がいて音楽を作ると、偶然と偶然の掛け合わせで、とんでもない方向に行ったりして。それが毎回やってて楽しいところだなと思います。そうやってできた曲は「友達と作った曲」みたいな愛着もあるし、学祭のノリみたいな感じもあるから(笑)、それをライブで演奏して、みんなが聴いてくれてるのは不思議な感じもするんですよね。

一番新しいDiosのアルバム(『Seein’ Your Ghost』)には凛として時雨のピエール中野さんに参加してもらったんですけど、凛として時雨の『#4』は僕が初めて買った日本のアーティストのCDで、あれがブッ刺さってから、今までずっと影響を受けてると思います。

 

アジアのギターカルチャーをもっと盛り上げたい

 

パンデミックが収束を迎えた2023年以降は世界各地をツアーで回り、2025年までに20カ国以上、40都市でのステージを経験。ギター1本でいかにオーディエンスの心を掴むことができるのかを実践し、様々な文化に触れることで、人間的な成長も感じている。

 

Ichikaこれまでは「インターネットで海外の人が見てくれてる」っていう一括りの認識だったんです。でも南半球に行ったり、チェコやポーランドに行ったり、アジアも細かく色んなところに行く中で、そこに住んでる人たちの存在感をありありと感じて。当たり前なんですけど、全部一括りの「海外の人」ではなく、それぞれの国にファンの人がいて、これは当たり前のことじゃないし、めちゃめちゃ素晴らしいことだし、ありがたいことだなっていうのを肌で感じました。頭ではわかってたんですけど、それが魂レベルでわかったので、いろんな国でライブをすることはすごく大事だと思います。

 

近年はインドネシアやフィリピンといった東南アジアの国々との交流を深めていて、中でもタイとの接点が強く、THE TOYSScrubbといったアーティストとコラボをし、『The Moon’s Elbow』にもタイのシンガーであるFlower.farが参加。ポリフィアのティモシー・ヘンソンは台湾、コヴェットのイヴェット・ヤングは中国にルーツがあることも含めて、アジアのギターコミュニティには可能性を感じている。

 

Ichika今一番ファンベースが大きいのはアメリカなんですけど、潜在的な可能性はもちろん他の国にもあると思うので、その規模感をもっと大きくしていきたいし、やっぱり日本人として、アジア人として、アジアのギターカルチャーを盛り上げていきたい気持ちは強いです。中国も韓国もフィリピンもタイも、どんどん連携して、もっとアジアのコミュニティを大きくしていきたい。ヘイトも経験したからこそ、今度は「アジア人のギターもかっこいいだろ」って、もっと知ってもらいたいです。国際情勢にもいろんな変化がありますが、音楽の力でなら連帯できる。今こそ本当に音楽の力が求められてるんじゃないかなと思います。

 

6. 「新たな時代のギターヒーロー」が見据える未来

 

ギタリストとしての最初の集大成『The Moon’s Elbow

 

Ichikaのワークスは様々な分野に波及し、2023年には大谷翔平が出演するセイコーのCMに書き下ろしの楽曲を提供。Ichikaと大谷は同い年で、ともに世界に挑戦する音楽家とスポーツ選手による共演となった。2024年にはこちらも世界的に人気がある中国発のアクションRPG「原神」とコラボレーション。ファンタジーを愛するIchikaとの相性は抜群だ。もう一つメモリアルだったのが、20236月に行われたシャネルのコレクションでの音楽担当。この日Ichikaは敬愛する坂本龍一の「戦場のメリークリスマス」と、自身のオリジナル「The World is stil Beautiful」をセネガルのラッパーであるNIXとともに披露。この共演をきっかけに、NIXは『The Moon’s Elbow』にも参加している。

 

Ichika個人のアドレスから「シャネルのコレクションでギターを弾いてくれない?」みたいなメールがあって、最初は半信半疑だったんですけど、実際にフランス人の音楽監督の方とお会いして、正式にオファーをもらいました。彼女の旦那さんがアーティストで、僕のことをフォローしてくれていて、「日本でコレクションをやるんだけど、誰か日本人のいいアーティストいないかな?」みたいな話から、その旦那さんが僕を紹介してくれたみたいです。「戦場のメリークリスマス」をやったのは、その前にバレエダンサーの二山治雄さんとコラボをして、そのときに「戦場のメリークリスマス」をカバーしたから、シャネルのコレクションでもやってみようと思いました。

 

SNSでの初投稿からちょうど10年。世界的なアーティストになったIchika Nitoの初めてのフルアルバム『The Moon’s Elbow』が2026年の1月、遂にリリースされる。「アルバムを作ろう」と最初に思い立ったのは2020年だったが、自身を取り巻く環境の変化もあり、完成までには長い時間を必要とした。

 

Ichika時間がかかったのは、ライフステージの変化とも関係していて。2020年の頃はとにかくYouTubeを伸ばしたいから、そのコンテンツを作ることに時間を割いていて、オリジナルを作るにしてもEPくらいのサイズ感だったんです。その後に海外公演が増えてきて、Diosも始まって、だんだんSNSのコンテンツを作ることすらおぼつかなくなって、ちょっと中途半端になってしまった時期もあって。

でも去年結婚をして、生活環境が結構変わったんですね。そこで自分がやりたいこと、やらなきゃいけないことの優先順位が改めて決まってきたんです。今まではただがむしゃらにギターを弾いてたから、ゆっくり考える余裕もなかったんですけど、自分がギターで表現したいことの原点に立ち返って、そこから一気に曲を作っていきました。

 

これまでの活動を通じて知り合った国内外の多彩なアーティスト/プロデューサーとともに作り上げた全11曲は、ギタリストとしての最初の集大成。「Where I Begin」から始まり、「Where I Return」に至るまでの流れはIchika Nitoの人生を描いたかのようであり、その物語に没入することで、様々な感情を追体験できる作品だ。

 

IchikaWhere I Begin」は「自分が始まった場所」という意味で、ソロギターから始まっていて。3歳の頃からのソリストへの憧れ、「自分がやる音楽はソロじゃなきゃダメだ」という思いは、もはや呪縛に近いものだったりもするんですけど、やっぱりギター1本で表現することにこだわりたくて、それをアルバムの1曲目にしました。

そこからは自分のいろんなスタイルを順番に提示していく流れになってるんですけど、最後の「Where I Return」はアルバムタイトルでもある月の円環構造ともリンクしていて、「同じ場所に戻ってきてるけど、視点が広がって、見える景色は変わっている」ということが言いたくて。なので、「Where I Begin」とテーマは一緒なんですけど、あえてそれをソロギターでやらずに、ギターを3本重ねてるんです。

 

Ichika NitoProtagonist=主人公

 

The Moon’s Elbow』は最初の集大成であると同時に、新たなチャプターのプロローグでもある。これからの展望について、Ichikaは「新たな時代のギターヒーローになりたい」と力強く宣言する。

 

Ichika今まで「ギターヒーローになりたい」と明言したことはなかったんです。周りからは「新世代ギターヒーロー」みたいに持ち上げられてきたけど、自分からそれを言ったことはなくて。でも今このタイミングで、自分から「ギターヒーローになりたい」と言いたいなと思ってるんです。 

今はまだ「ギターヒーロー」というとロック音楽の象徴みたいなイメージがあると思うけど、そこからは脱却して、エレキギターの持つ可能性や価値の拡張、文化的な土壌作り、そういったことを新たな時代のギターヒーローとしてやっていきたい。YouTubeでは海外のファンから「Ichika NitoProtagonist=主人公だ」というコメントが多くて、憧れを投影できる存在になってるんだなと思うと、これまで以上にその強度を増していけたらいいなと思いますね。

 

一人でいることが好きだった内向的な少年が、SNSをきっかけに世界から注目を集めるギタリストに。そのドラマチックな物語はまさにファンタジーのようであり、主人公のIchika Nitoは音楽の持つ魔法的な力を今も強く信じている。

 

Ichika『パンズ・ラビリンス』っていうファンタジー映画があって、1940年代のスペイン内戦を背景に、主人公の少女が空想の世界と現実の世界を行き来する物語なんです。グリーフ的な悲しい物語で、昔その映画を見たときに「なんとしてでもこんな世界にはなってほしくない」と思いました。全てを解決することはできなくても、音楽が救える部分は救わなきゃいけないという想いは、その頃からずっとあるんですよね。 「音楽で世界を平和にしたい」と言うとすごくチープに聞こえるかもしれないですけど、でもそう思うことは決して間違いではないと思ってるんです。

 

インタービュー・テキスト 金子厚武

 

 

 

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